篆刻の書体。

2000年代の我々日本人は、恐らく世界で最も多い文字の種類を持っています。
漢字でも篆書体の他に、楷書、行書、草書、隷書、そこから生まれた平仮名、カタカナ、外国のアルファベットなど、いま我々が篆刻に使える書体はマックスにまで拡大されているのです。

そこで、今回は「篆刻の書体」として、篆刻に用いられる文字の形、スタイル、いわゆる書体についてまとめてみます。

楽篆堂のご注文フォームでは、<書体デザインについて>として、1:「篆書体」を基本にして、多少読みにくくても良い 2:読みやすさを優先して「現代漢字」でデザイン と、どちらかを選んでいただき、それ以外の書体のご希望もうかがっています。

「篆書体」
篆刻のご注文では、ほとんど95%の方がこの「篆書体」をご希望になります。
現時点で最も古い漢字とされている書体で、篆刻にも最も多く使われる書体ですが、時代によって変化しています。
現存する物としては、紀元前14~前11世紀にわたる殷(いん)王朝晩期の遺跡から出土された、亀の甲や獣骨に刻した占いの記録「甲骨文」があります。
ついでほぼ同時代の青銅器に鋳刻した銘文、「金文(きんぶん)」があります。「金文」は次の西周・東周時代にも用いられ、さらには戦国時代や秦の始皇帝時代の「石刻(せっこく)文字」や度量衡器の刻文があり、下っては漢代の器物の銘文や印章の文字に及びます。
その後も様々な変化をしながら使われてきた篆書ですが、紀元前4~3世紀頃に秦の始皇帝が中国を統一した際に、皇帝の権威を知らしめることも兼ねて漢字の統一も図り、それまで使われてきた篆書を「大篆(だいてん)」とし、統一後に公式の文字として制定された篆書を「小篆(しょうてん)」としました。
篆刻では、ひとつの印面に違う時代の書体を混ぜてはいけないというルールがあるようですが、楽篆堂は何回も言っているように、それは贋作づくりの方法論であって、この21世紀の世界で最も多い種類の文字を持ち、使っている日本では、篆刻もその資産を有効に使うべきとの理由で、楽篆堂はデザイン的な相性さえ良ければ、躊躇せず同一の印面に時代の異なる篆書体を混在させます。

 「申光」(雅号印)・・・「申」は金文、「光」は甲骨文。
「柳庵蔵書」(蔵書印)・・・甲骨文、金文、小篆などまったく意識せず、印面での調和だけを考えてデザイン。

「隷書体」
中国では漢代(前202~後220)に正式書体として用いられたのが隷書体です。秦代までの篆書が縦長で、静かに無表情なのに対し、その篆書から生まれた隷書は扁平で、一字のうちの一横画は大きくうねって右にはね出しているのが特徴です。20世紀初頭以降の考古学的発掘により、「木簡(もっかん)」や「竹簡(ちっかん)」、「帛書(はくしょ)」などが発見され、隷書が戦国時代後期に発生し、秦代から前漢初期にかけて成長したことが知られています。紀元前60年代の紀年のある木簡にはすでにりっぱに完成した隷書が見られます。今日でも、お札や新聞の題字、看板などにしばしば用いられます。
楽篆堂にも「隷書体で」とのご希望はありますし、ご注文の内容によってはこちらから隷書体をお勧めすることもあります。
 「秋華」(雅号印)・・・隷書体でというご希望。
 「山有」(屋号印)・・・楽篆堂が隷書体に。
 「寛恕乱文」(遊印)・・・文字の内容で楽篆堂が隷書体に。

「古印体」
古印体は大和(倭)古印の伝統を受け継ぎながら、隷書体をベースに作られた丸みのある書体です。大和古印とは奈良・平安時代に日本で作られ使われた日本独自のもので、鋳造によって生じた線の切れ目や墨溜まりが特徴的で、官印として公文書などに使用されていました。
楽篆堂へのご注文でも「古印体で」と指定があったり、いくつかのデザインを提示したなかで古印体を選ばれたこともあります。

  「和宏」(落款印)・・・お名前を古印体でとのご指定。
「服部幸應」(落款印)・・・古印体を選択。


「草書」
草書は漢字のなかでもっとも簡略化の進んだ書体です。前漢時代(前202~後9)に正式書体である隷書と併行して、草書が日常早書きの書体として使用されていました。西域地方から発掘された竹簡や木簡の遺品でも実証されています。また、草書の中には明らかに篆書から作られたと考えられるものもあります。草書の形や筆勢に工夫が加えられ、洗練されて芸術的な美しい姿に発展したのは、晋代から南北朝時代にかけてのことでした。
楽篆堂にも「草書で」とのご指定がたまにあります。
「直」(落款印)



「行書」
行書は草書と同じく隷書から派生した書体です。楷書とは違って点画の連続や省略が見られますが、草書のように楷書とかけ離れた字形になるということもありません。行書は速筆向きでありながら読みやすいという長所を持った書体です。楷書と草書の中間と思われがちな行書ですが、成立時期に関しては楷書とほぼ同時期かやや先に誕生したと考えられています。古代中国では同じような筆記体でも草書が手紙などで使われ、より砕けた筆記体である一方で、行書は公務文書や祭礼の文書などより厳粛な場で使われる書体であると考えられており、随・唐時代にかけては標準的な書体となりました。
 「光」(落款印)


「楷書体」
楷書は、漢代の標準的な書体であった隷書に代わって、南北朝から随・唐にかけて標準となった書体です。行書が確立した時代に発生したため、これらの中では最後に生まれたとされています。唐時代までは「楷書」とは呼ばれず、「真書」「正書」と呼ばれており、書体の名称として「楷書」という用語が普及した時期は宋時代以降です。
篆刻で書道のような楷書が用いられることはまずありません。篆刻は基本的には同じ太さで文字を構成するので、いわゆる「永字八法」の細部が印面では邪魔になります。
楽篆堂のご注文では「現代漢字で」としているのは、「篆書体ではなく」という意味で、常用漢字でという意味でもあります。
 「中鉢美佳」(落款印)
「謹賀新年」(賀状用)
 「信用・信念・信頼」(会社理念)

「平仮名」
ひらがなのご注文は、読みやすくとか読みにくくてもいいからデザイン優先でなどのご希望に添って工夫します。

 「み」
 「み」
 「な」


「カタカナ」
カタカナのご注文も、読みやすくとか読みにくくてもいいからデザイン優先でなどのご希望に添って工夫しています。
 「セエカ」(落款印)
 「コハラタケル」(落款印)
 「ガラ」(ミュージシャンの落款印)


「アルファベット」
アルファベットは大きく分けてゴシック系とセリフ系があり、おびただしい書体のバリエーションが生まれていますが、楽篆堂はご依頼の内容に添うよう工夫をしています。
 「Zen」(店舗角印)
 「HAKKACHN」(画家落款印)
 「Ohana」(鍼灸院角印)
 「SAIKO TRUE COLOR」(アーティスト落款印)


「数字」

数字はアラビア数字と漢数字をご希望や用途で使い分けます。
 「ミソサザイと195(いくこ)」(落款印)
「松七五三(まつしめ)」(落款印)


「デザイン篆刻」
下のように落款印としてお名前とそれにちなんだデザインで構成する場合と、文字無しで花や手毬だけの場合があります。
 「栁瀨一樹&メガネ」(落款印)
 「南和文&土俵」(落款印)
 「鷹&南天」(落款印)

以上、篆刻に使われる文字の主な書体とその他のバリエーションをおおまかに挙げてみましたが、もはや篆刻はこうでなければならないという決まりなどまったく存在しない、どんなものでもその人の印、シンボルとして自由自在、縦横無尽に創作すべきものなのです。

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